ぼんやりと思うこと

自分は、仕事人間だと思う。正直、「創作が好きか?」ときかれたらいまは「うーん」って考えてしまうと思う。

漫画描き始めた頃ならね、自分のキャラクター動かしたり考えたり妄想したりするの楽しかったし、勝手に動いていくこともあったけど、今は違うかなあ

「創作をしている」という感覚ではなく「仕事として、あるいは自分の目標のためとして、物語を考える」という感覚の方が近いと思う。製品開発かなあ

なんというか、ライフワークではないとおもう。「気づいたらキャラクターのことを考えてる」というのではないし、

シンプルに「楽しくて好きなことは何ですか?」ときかれたら「散歩」「運動」と答えるし。

まあ、そう。つまり、ほっといたらいつか自動的に創作のことを考えていいアイデアが浮かぶッ⭐️なんてことは自分の場合、無い。

考えるのは紙の前でだけだし、机のうえでだけだ。紙を伏せればもう考えることなんぞできなくなって、「ワーお月さまきれい〜」と楽しんでしまうような人間だ

百歩譲って、風呂の中と布団の中はまだ考えられる。それも「考えよう」と決めればだけど。布団の中でアイデア考えようとしても頭がさえて眠れなくなるか、途中で「明日は何を食べようかなあ☺️」と考え始めてしまうこともある。

紙を用意していないのに「あそこの部分どうしよう…」とイメージしてなんとかなったことがほぼない。たいてい「どうしよう…」の「どうしよう…」だけ考えて終わる。その先に行けない。

誇張して言えば「紙がないと考えられない」なので、紙がないときにかんがえようとするのは時間の無駄というか、無駄に悩みが膨れて圧迫することにつながっているような気がする。

ここを自分で理解して、「紙がないところでは考えない」と決めれば、紙がない環境ではちゃんと人生を遊ぼう、となるし、反対に紙を用意すればさて考えよう、となって作品に向かえるのかもしれない。

自分は、紙がない場所では考えられない人間なら、四六時中考えても効率が悪くてデメリットの方が大きいかもしれない

今日はもうやらない、明日はこの時間からやる、と腹に決めて、紙を用意し、タイマーをセットする。 それが自分の儀式になったりしないだろうか?